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No.129 Autumn.2017

幼少時代に培った
“人を好きになる力”が
キャスターの原点に

フリーアナウンサー

木佐 彩子さん

親しみやすいキャラクターで、フリーアナウンサーとして活躍する木佐彩子さん。
フジテレビで絶大な人気を博しながらも、当時プロ野球選手だった石井一久さんと結婚。
その後の妊娠と退社、夫の大リーグ移籍での渡米、そして現在報道の現場への復帰と−
「想定外の出来事の連続だった」と語る人生を振り返るとともに、
年を重ねても失われないフレッシュな笑顔の秘訣を語っていただきました。

取材・文/宇治有美子 撮影/齋藤久夫


小学生の時、父親の転勤でアメリカに移住した木佐彩子さん。人種のるつぼといわれるアメリカで、世界にはさまざまな人種、さまざまな思想の人がいることを目の当たりに。カルチャーショックを受ける一方で、多様性を認めることの大切さを理解する、貴重な経験になった。

アメリカの小学校では、髪の色や肌の色はもちろん、考え方も異なる生徒たちとふれあい、学校生活を共にすることで、大きな刺激を受けました。人はそれぞれに違うことが当たり前で、だからこそ面白いもの。相手の個性を受け入れることで、互いを理解し合い、友人になれるのだと実感しました。当時の学校生活を通じて育まれた考え方は、誰とでも前向きに関われる私の原点となったような気がします。

この頃、もう一つ大切な経験をしました。

ある日のテレビ番組で、アジア人の女性ニュースキャスターを見たのです。ニュースを読むその凛とした姿が眩しく輝いて見え、なんだか同じアジア人として誇らしく感じたことを覚えています。その後帰国し、日本で就職活動をする際、ふとその光景がよみがえってきて……。アナウンサーを志望したのも、この記憶がきっかけになりました。

反省をしても引きずらない精神を培った新人時代

当時も今も、アナウンサーといえば、多くの学生が憧れる人気の職業。木佐さんは厳しい競争率を勝ち抜いて、見事夢をかなえた。テレビに出るようになると、親しみやすいキャラクターで、一躍人気アナウンサーに。しかし、新人の頃はミスばかりで、上司から怒られては反省する毎日だった。

本当にあの頃は怒られてばかりでしたね。特に生放送では、ミスがそのまま全国に流れてしまいます。落ち込むこともしょっちゅうでした。

そんな時、先輩アナウンサーの露木茂さんから「反省するのは大事なこと。でも絶対に引きずってはいけない」という言葉をいただいたんです。

体調や心の持ちようは、画面を通して見えてしまうもの。一瞬だけなら取り繕うことができても、毎日となると隠しきれない。常に心身の健康を保たなければいけないのだと、表舞台に立つプロとしての在り方を教えられました。

二度と間違えないと反省したら、次の日までにしっかりと気持ちを切り替える。それでも落ち込みそうになったら、会社は私を信じて採用してくれたのだから、自分はできるはずだと、開き直りの精神で乗り越えました。経験とともに、図太い気持ちも徐々に養われていきましたね(笑)。




2000年、結婚を機に朝の情報番組から夕方のニュース番組に異動。プロ野球選手の生活に合わせられるようにとの局の配慮だったが、バラエティやスポーツ、情報の番組が中心だった木佐さんにとって報道は未知の世界。ゼロからのスタートとなった。

報道に移った2001年、ハワイ沖で愛媛の水産高校の練習船「えひめ丸」が、アメリカ海軍の潜水艦と衝突し沈没する「えひめ丸事故」が起こりました。

すぐに現地に飛びましたが、凄惨な事故現場で、関係者の方から話を聞き出すのは正直辛かったです。でもそこで何が起き、当事者の方々がどんな思いを抱えておられるのか。実際に見聞きした人から生の声を聞くと、通信社から配信される一報だけではとらえきれない情報が、たくさんあるのだと身をもって知りました。

こうした取材経験を通じ、現場で正しい情報を集めて伝えたい気持ちがより強くなったのです。そして、アナウンサーという仕事は、人が好きで好奇心旺盛な私にとって、とてもやりがいのある職業だと確信することもできました。ほめられることの少ない局アナ時代でしたが、報道に携わるようになってから「現場での取材対応がいいね」と声をかけてくださる方もいて、すごくうれしかったですね。


妊娠、夫のアメリカ移籍を機に専業主婦の生活に

周囲から認められ、新天地である報道の仕事にやりがいを覚え始めた矢先、妊娠が判明。家庭に入ることを決意した。1年後には、米大リーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍した夫と共に渡米。専業主婦の生活が始まった。

プロ野球選手の奥さんというと、献身的に夫を支えるイメージがあるかもしれませんね。でも、主人は常にメンタルが安定していて、試合結果を引きずることもない人。だから、夫のサポートをするのが大変だと思ったことは一度もないんです。ただ結婚するにあたり、実家で暮らしていた頃のような心から安心できる家庭が作れたらなとは思っていました。

アナウンサーとして駆け出しの頃、毎日のように怒られ、精神的にも肉体的にもふらふらのまま深夜に帰宅すると、母が起きてきて夕飯を温め直してくれました。とくに言葉を交わさなくても、そばにいるだけでうれしいことってありますよね。今は、女性だから男性だからと役割を区別する時代ではありません。それでも「ただいま」と帰ると、明るい表情の母が迎えてくれた、あの時のなんともいえない安心感や居心地の良さ、温かな空気作りを、妻である私もできたらと思ったのです。

2013年に主人が現役引退した時、ほっと肩の荷が降りた気がした。それまでがんばっているつもりはなかったけれど、やはり夫と一緒に戦っていたのでしょうね。

常に笑顔でいたいから“がんばりすぎない”

4年間のアメリカでの生活を終えてからは、日本野球界に復帰したご主人を支えながら、自身も仕事に復帰。育児と家事、そして仕事を両立する多忙な生活を送る木佐さんが心がけるのは、心身ともに大らかでいること。何事もがんばりすぎないのが、木佐さん流ヘルシーライフの送り方だ。

私、食いしん坊だから食べるのも作るのも好きなんです。でも、料理は1時間以内でと決めています。だってシェフじゃないから。手の込んだものはプロに任せて、なるべく素材の味を大切にした、手早くおいしいものを作るのが私のモットー。ブロッコリーとアスパラとオクラを同じ鍋で順にゆでるなど、時短の段取りをアレコレ考えるのも得意なんですよ。

日本のお母さんたちは、家事も育児も完璧にこなさなきゃという、がんばり屋さんが多いように感じる。もっと肩の力を抜いてもいいんだよって伝えたい。



私は料理は好きだけど、掃除や洗濯はそれほどではありません。忙しい時は友人との食事代1回分と割り切って、プロの手を借りることも。子育ても母や主人に頼ったりします。適度に自分を甘やかして、日々のストレスを溜め込まない心がけがいつも笑顔でいられる秘訣です。

主人が現役を引退して思うのは、これからは好きなことをして、健康でいつも笑っていてくれたらいいなぁということ。だから昨年からは、私が通う人間ドックに行ってもらうようにしました。私自身も年齢を感じるお年頃。体力維持のため水泳や岩盤浴ヨガなど、体のケアを意識するようになりましたね。80歳になっても自分の足でしっかりと歩き、親友たちとの食事をうんと楽しめる元気なおばあちゃんでいたいんです。想定外のことが起こるのが人生だから。何か選択を迫られた時には、いつも前向きな判断ができるよう、心身ともに健康でいたいですね。



現在は、フリーアナウンサーとして活躍。世界の国々を訪れてリポートするなど、再びキャスターとしてキャリアを築いている木佐さん。「どんな50代に?」という問いかけに「今のままで、楽しく年を重ねられたら」と笑顔で語る表情からは、今の自分だからできる家庭と仕事への充実感が伝わる。

長年、海外のニュースに携わる機会がありましたが、例えば、中東では幼い子供たちが内戦に巻き込まれ、毎日のように亡くなっています。外に目を向ければ、日本での生活を感謝する気持ちが自ずと芽生えます。

さまざまな人々がさまざまな想いの中で生きている−。今より少しワイドな視線を持って知ることで、何か意識が変わるきっかけになれば。これからも私なりの視点で視聴者の皆さんにメッセージを送っていけたらと思っています。

Profile

きさ あやこ
1971年東京都生まれ。小学校、中学校時代をアメリカ・ロサンゼルスで過ごす。青山学院大学文学部卒業後、フジテレビに入社。『プロ野球ニュース』『めざましテレビ』等を担当。2000年にプロ野球選手(当時ヤクルトスワローズ所属)、石井一久投手と結婚。石井氏のメジャーリーグの移籍に伴い渡米。帰国後06年よりフリーアナウンサーとして復帰。現在、NHK『SPORTS JAPAN』などにレギュラー出演中。

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